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サラリーマンの虚勢

【人生は】

 

これで良かったのかもしれないし

もしかしたらこれでは駄目だったのかもしれない

 

もしかしたらこれで精一杯だったのかもしれないし

いやいやまだまだ行けたのかもしれない

 

もっともっとうまくやれたのかもしれないし

もうこれ以上は所詮無理だったのかもしれない

 

人生は分からない

誰にも分らない

自分にも分からない

 

もしかしたらどこかに雲隠れしてしまったかもしれないし

いやいや精一杯虚勢を張ってこの場所に立っているのかもしれない

 

身を隠してしまうのか

それとも我慢して顔を晒して生き続けるのか

 

そんな風に

いったいどんな風に

生きて行くのか

 

すべてはお前の生き様で

すべてはお前の人生だから

出会いがあって

お前さえ遠ざからなければ

すべてはお前の目の前に雁首並べて揃っているのだから

それだけが髄一の人生での救いかもしれない

 

いつまでも いつまでも

お前さえ手を離さなければ

繋がっていられるのだから

 

人生は

無理をして、近づいて行けば、逃げていく

意識して、忘れようとすれば、追ってくる

そして、怖くなり、逃げ出そうとすれば、覆いかぶさってくる

人生はそのようなもの

 

もしかしたら結果には形などないのかもしれない

勝利にも形などないのかもしれない

 

敗者にも理由などなくて

勝者には美酒もない

 

もしかしたら私たちは、形のない空間の中を

形など本当はありもしないものを追いかけて

虚しく人生を擦り減らしているだけなのか

 

空虚の中で無を追いかけては

右にふらふら、左にふらふらしているだけ

存在するのは

誰かに愛されているという実感だけ

あるのは

誰かに頼られ愛されているという実感だけが

髄一の真実だとしたら

 

心の拠りどころは

誰かに頼られ愛されているという実感だけ

 

当たり前のことを当たり前にやっていれば

人生は

当たり前のように当たり前に過ぎていく

そして当たり前に終わってしまう

 

そんなものに形などないし

結果や勝利などもない

 

歩きたいときには両足を交互に動かすだけ

その他のことは何一つ考える必要もないのだから

 

暖かな布団で眠りたいのならば

暖かな布団を買わなければならないし

布団を買うために働かなくてはならない

 

見晴らしのいい高台の家に住みたければ

尚更一生懸命に働かなくてはならない

 

誰かに頼られ愛されたいと思ったならば

どんなに苦しくとも歯を食いしばって

愛する者の手を絶対に離してはいけないのだ

その手を離したとたんに

人生はますます空虚になって

そのうちに消えてなくなってしまうから

人生には初めから形などないのだ

 

人生とは それだけのもの

人の弱さとは

誰かに頼りたくなってしまう弱さだから

いつかそのうち白馬の王子が現れて私をこの世界から連れ出してくれると

考えてしまう

 

人生に形がないように

白馬の王子など空虚そのものなのだ

人生に白馬の王子など現れずとも

自分が誰かの白馬の王子になることは出来るのかもしれない

 

いくら会社を大きくして巨万の富を得ようとも

いくら粉骨割いて働いて出世し引退しようとも

そんなものは狭い世界だけでの話だ

砂上の城だ、虚栄の無だ

 

誰かの白馬の王子になれるのか

たった一人の人間の魂を救うことが出来るのか

生きる価値はそこにあるのだから

 

「ああ、早く、助けに来てくれ」と

今日も誰かが叫んでいるのだから

 

その為にはまず虚念を捨てて両足を交互に動かさなければならない

 

人生は

虚であり

空であり

無だ

 

誰もが血眼になって

形のないものを追いかけているに過ぎないのだから

誰もがそのうち死んでしまい

骨になって土に帰る

 

この世に移る、この両目でみえるものすべて

形などない

あるのは魂だけ

魂だけが、人の体を借りて

動いているだけ

 

このお墓は素晴らしい……

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一生懸命に生きて

ただ一生懸命に生きて

ただ今日一日精一杯に生きて

今日を失敗しなければ明日もきっと上手くいく

何も思いわずらわずに

一日一日前に進むだけ

きっとそのうち上手くいくから

心の弱さを打ち消して

いや弱ささえ意識せずに

信じた道を疑うこともせずに歩むだけ

 

小細工無しで

策に溺れず

まっとうに一直線に

心に筋を一本通したならば

生き方に筋を一本通したならば

その筋をなぞりながら生きるだけ

 

もう何も考えない

思案しない

悩みもしない

思い煩わず

 

心の中の曲がったものを取り除いて

心の塵を落としたならば

心の曇りをすべて消し去った

右から左と流れてく

夢なのか幻なのか

悲しみなのか苦しさなのか

涙か慟哭か

心の叫びか

心のあがきか

寂しさも消し去った

心そのものを消し去った

 

もうわたしには何もない

守るべきものも捨て去るべきものも

何一つ残されてはいない

それでいい

人生はすべて消し去り裸になることだから

それでいい

男とはすべて失くしてもシャキッと立っていられるものだから

 

いつまでもどこまでも

こうやって

ここに座ってこうやって

一心に祈り捧げるものだから

 

男の仕事とは祈りのようなもの

まっさらな心に線を退く

どこまでも真っ直ぐな一本の線を

ただひたすら引いていく

 

もういいじゃない

そんなこと

どうでもいいじゃないの

いつかの祈りも通じずに

スターダストのごとく葬るだけ

人は誰もが最後にはスターダストのごとく葬去られるだけだから

涙にぬれて、涙も枯れて

寂しいものだから

 

素晴らしいお墓……

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人生ははかなく短い

わたしは今までいったい何をして、何と戦ってきたのだろう

人生ははかなく短い

初秋に流れる風のように

その心地良さはあっという間に吹き抜ける

 

いったい私は今まで何をしてきたのだろうか

通り抜けて

吹き抜けて

走り去って

しまうだけ人生は

 

もしかしたら、わたしの周りに集まるものすべて

わたしの友人であり

わたしの人生のすべてなのかもしれない

 

わたしはわたしの人生の為にわたしを捨てる

そうなのだ

わたしが生きていくのにわたしはいらないのだ

わたしの人生の中でわたしはほんの一部分でしかないのだ

わたしはいらないのだ

 

優しさが心にしみる

初秋の夕暮れにウォーキングすれば

夕陽とともにさわやかな風がわたしの体を吹き抜ける

その風だけが生きていることを実感することが出来るものかもしれない

 

ひとは死にたくないと想い悲しみに暮れる

人はまだまだやりたいことがあるのだと

抵抗も続ける

 

わたしがまだまだやりたいこととは

何であろう

もう少し歌いたい

もう少しお酒も飲みたい

妻と一緒に映画も見たい

はたしてその程度のことなのかもしれない

本当にやりたいこととは

 

読書をしたい

美味いものももう少し食べたい

もっとじっくり執筆もしたい

ひとが喜んでくれるような事業もしたい

 

確かにその程度のことなのだ

 

健康に気を使い

運動をして

すべてに楽しんで

遊んで

仕事も楽しんで

無理をせず

余裕をもって

穏やかに

緩やかに

温かく

優しく

 

生きていく

いつか死んでしまうまで

 

この歳になってわたしはもう一つ

人生の壁を乗り越えなければならないのかもしれない

「人生を生きるのは、敵と戦うより難しい」

「人生は自分との戦いだ」

これは横綱白鵬の言葉だ

素晴らしい

 

わたしがこの歳になってひとつ壁を乗り越えなければならないのは

まさにそういう壁なのだ

「自分と戦う」

これはまさに宗教的意味合いのある言葉だ

仏教の『無』や『空』に通じる言葉だ

 

「自分に勝つ、そして楽しんで生きる」

けっして怒らない、けっして悲しまない

自分と戦えば

それも可能だ

自分に勝てれば、どんな敵にも勝てる

自分に勝つ勇気があれば、どんなことでも上達できる

自分を打ち負かすことが出来れば

わたしの人生は成功を収められるだろう

 

《敵は自分だ》

《その他のものすべては、敵などではないのだ》

やりたいことをやりたいようにやって生きる

これからの自分の行動、自分の時間のすべてはわたしの人生の為にあるのだから

わたしはわたしの人生の為に楽しく生きる

それはけっしてわたし自身の為では無いのだ

 

このお墓は素晴らしい……

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老後の法則

人は誰にも絶頂期がある

もうこれでいいと思える時もある

このままこれでいこうと思える時もある

自分自身の限界を、人生の限界を感じる時がある

 

だが結局はこれでいいのだ

間違ってはいなかったのだ

間違っているのは心の悩みなのだ

何事も思い煩ってはいけないのだ

思い煩っては足が止まる

心が後ろへ、後ろへと向いてしまう

それではいけないのだ

結局はどうすることも出来ないのだから

前に進むしか道はないのだから

 

後悔は後悔を生む

失敗は失敗を生む

後退は後退しか生まない

負の連鎖だ

負の連鎖はじわじわと進行し

一気に奈落へと突き落す

癌細胞と同じだ

発見が遅れれば遅れるほど

取り返しがつかなくなってしまう

 

すべては一本の線でつながっている

道は全て同じ方向へしか向かわないのだ

何事も道理は同じだ

癌細胞も人生も

 

元気を振り絞り誰かに元気を与えれば

自分にも本物の力が湧いてくる

相対効果の法則だ

原理原則

正の法則は曲げられないし変わらない

 

とにかく前向きに元気を出せばいいのだ

今日も一歩前に進んで

そしたら同じようにやれば明日もきっと一歩前に進むことが出来る

つまずきもしょうがないとすぐに切り替えて

もう一度頑張れば取り返しがつく

 

何かをやるのだ

自分のやりたいことを

自分が正しいと思うことを

とにかくやるのだ

信じることだ

 

大切なものは

フォームだ

スタイルだ

自分だけのフォーマットだ

 

生き様を、生活様式を確立することだ

決めたならだれが何と言おうが守りきるのだ

守るべきものとは

それは職場ではない

役職でもない

理想の家族でもない

経済力でもない

贅沢な暮らしでもない

名声名誉でもない

友でもなく知人でもない

協調でもなく共同でもない

それは

インディアンのような信念だ

自分自身に嘘をつかない信念だ

 

決して出しゃばらない

静かに貫き通す信念だ

 

それがお前に出来るのか

お前には貫き通す強さがあるのか

 

人生に問われているのは自分自身の信念なのだ

 

権力に溺れる者は権力に泣くことを

役職に溺れる者は役職に泣く

幸せに溺れる者は幸せに泣く

愛に溺れる者は愛に泣く

だから

どんなに魅力ある者であっても

溺れてはいけないのだ

大切なものは自分自身の信念だけなのだ

信じられるものも自分自身の信念だけだ

決して権力や役職や幸せや愛ではないのだ

そんなものはへのツッパリにもならない

 

素晴らしいお墓……

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老後の至福

今この時のなんと幸福なことか

風呂上り冷たい飲み物で喉を潤し

涼しい夜風に当たりながら

何も想わず

ただ心地よさに身をゆだねる

 

至福の時だ

 

人はなぜあがき苦しみながらそれほどまでに何を求めるのであろう

いったいその先には何があるのか

その先を追及する限り

同じ苦しみが立ち塞がるだけなのだ

どこまで行ってもあがき苦しみからは脱することは出来ない

人は地位や名誉を求め続ける限り

苦しみから離れることは出来ない

人よりも出世したい

人よりも金が欲しい

人よりも名誉が欲しい

それを追い求める限り

永遠に心の安らぎを得ることは出来ないであろう

 

人が追い求めなければならないものは

心の自由

人生の自由なのだ

 

煩悩、欲望を捨て去り

すべてを空とすることが出来たとき

そこに一筋の光が差し込む

死ぬときは死ねばいい

人はいつか死ぬのだ

死の恐怖にあがき苦しむことほど虚しいことはない

金など有っても良いが無くても良い

金のために一生奴隷になり苦しむつもりもない

愛は持っている

いつでも与えよう

だが欲しがりはしない

何故ならば愛もまた欲しがれば逃げていくものだから

嫉妬の為に一生苦しむつもりもない

 

健康でいることに越したことはないが

だが病気でも仕方がない

人は皆年老いたなら病気になり死んでいくものだから

健康のまま死んでいくものはいない

 

病気とも友のように付き合えばいい

寂しさがまぎれるかもしれない

 

心底の悪人はいない

万が一居たとしても

そんなもののためにこちらが思い煩うつもりもない

放って置けばいい

 

何事に対しても

思い煩うことほど馬鹿らしいことはない

そんなものに縛られて生きることほど

人生の貴重な時間を無駄にしているのだ

放って置けばいい

すべてのものは所詮空なのだから

人生は空、無の心

 

わたしの心は金輪際

誰からも指一本触れさすことはないであろう

わたしの心は固い鋼のガードで囲まれている

しかし外に対しては開けっ広げでさらけ出す

しかしその中身は無だ

触ろうとしても中身が無いのだから触れない

 

わたしは決して動揺もしない、怒りもしない、悲しみもしない、興奮もしない

何故ならば心には色もなく形もなく匂いも無く、『無』なのだから

動かしようがないのだ

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老後の人間関係

人生は一見複雑な要素が絡み合いもつれ合い作られている

だがよく透かして見れば単純な元素に支配されているだけなのだ

その元素はビクともしない、変えることは出来ないし動かすことも出来ない

日本国憲法第9条のようなものだ

人はどう転んでもどんなに頑張っても人生の土台にある

元素には勝てないのだ、動かすことさえ出来ない

その基本を理解することだ

そのうえで何をやりどう生きるのかだ

 

人生の基本元素は

毎日を我慢することではなく、毎日を楽しむことだ

また面白くもないことをやらされることではなく

好きなことをやることだ

 

次に自分を主張しぶつかり合うことではなく

自分を主張しながら相手を理解することだ

人と会い交わることだ

 

わたしの為だけではなくあなたの為にもなりますよと

言い切ることだ

そして信じてもらうことだ

騙されてもいいと直感的に思わせることだ

もちろん誤解なきよう言うが

人を騙したり裏切ったりしてはいけない

騙すのと信じさすのとでは全然質が違うのだから

体を張って、命をかけてでもけっして相手を裏切らない

一度裏切ればその相手との関係は終わったのも同然だ

二度と覆水盆には帰らず

夫婦間も同じ、恋人同士、友人同士も同じだ

絶対に相手を裏切ってはいけない

何故裏切ってはいけないかと言えば

その関係はもう二度と元に戻らなくなってしまうからだ

 

寸前のところで踏ん張る、ほとんどが見透かされていても踏ん張る

そこが腕の見せ処だ

 

人生において人を裏切ってもいけないが裏切られてもいけない

どっちもどっち痛手は計り知れない

『覆水盆に戻らず』

人生においてこれほどの後退があるのか

今まで積み重ねてきたものが崩れ去り

一から、いやマイナスからのスタートになってしまう

人生はすごろくゲームではない

【振り出しに戻る】もなければ【リセットボタン】もない

転んだなら先に行かれるだけだ、取り残されてしまう

始めからのやり直しはないのだから

今日の朝からのやり直しは出来ても

昨日からのやり直しは不可能だ

修復不可能なものは捨てていくしかない

 

人生で怖いのは置いて行かれれば二度と追いつくことが出来ないところにある

あくまでもゲームやスポーツの世界では上手くやれば追いつくことも瞬間にして抜き去ることも可能だ、だからゲームは面白い

だがリアル人生においては、基本的にそれは出来ないこと、不可能なことなのだ

そういう元素が根底にあるのだからしょうがない

それを知ったうえで人生を生きなければならない

 

そして人生の最大の敵はストレスだ

過大なストレスはあなたのすべてを蝕む

本能のままに生きる人に病気はない

たとえ不摂生を重ね病気になったとしても

後悔などせず開き直れる、自分自身に対しては素直になれるし

諦めることも出来る、臨機応変の術だ

 

根底にある元素記号だけ理解できれば

あとは表面で好きなように動き廻っても失敗などしない

そもそも失敗の観念すら持っていない

 

そういう人間は人には気前よく驕るが、人から驕ってもらうのは大嫌いだ

酒は好きだが驕ってもらうくらいなら酒など飲まないし飲みにも行かない

誘われたならば最低割り勘

こちらから誘えば、全部ではないが相手よりも多めに出す

それが元素だ

 

わたしのライフスタイルは

朝起きて、仕事して、運動して、酒を飲んで、そして書く

たまの休日は女房と映画見て飯食って、そして書く

 

もうそれだけでいい

それの繰り返しでいい

 

毎日毎日同じことをして同じように生きる

同じことをして同じように生きることが好きなのだ

 

わたしは同じ人間としか飲まないし付き合わない

わたしは同じことしかやらないし同じところにしか行かない

わたしは同じ毎日しか送らない

 

わたしは同じことをするのが好きなのだ

 

サラリーマンの最大の欠点は同じところにいつまでもいられないということだ

紙切れ一枚であっちに行けこっちに行けと転勤や部署替えを命じられる

断れない

もう一つせっかく育てた部下といつまでも一緒には働かせてくれない

やはり紙切れ一枚で離ればなれ、昨日の友が今日の敵に変わる

本人の意思とは関係なしに

 

ようするに紙切れ一枚で人生を変えられてしまうということだ

完全なる自己否定の世界だ

 

わたしはサラリーマンの世界を完全に否定する

そうすることでかろうじてサラリーマンとして生き延びてこられた

その心構えがサラリーマンを捨てる足掛かりも作った

(まだしがみついているが)

 

わたしは人を簡単に信じるが、世の中のシステムは信じない

世の中のシステムこそコンプライアンスを振りかざす

正義の仮面をかぶった必要悪だ

皆は洗脳されているのだ

システムを肯定しなければ生きていけないのではないか

幸せになれないのではないかと

だが世の中のシステムほど正義の仮面をかぶったまま矛盾しているものはない

人は世の中のシステムに生かされているわけではない

自分で自分の考えで自分の力で生きているのだ

世の中のシステムなどは交差点にある信号機のようなものだ

守った方がいい、だが仕方なく守っているだけなのだ、自分の身を守るために

だが矛盾を正義と解釈してはいけない

あくまでも矛盾は矛盾であって正義ではなく悪なのだ

守るべきものではなく、仕方なしに守っているものなのだ

しかし妄信的に従うととんでもないしっぺ返しが待っているであろう

 

世の中のシステムは人間関係の敵だが仕方なく守る

しかし本当に守らなくてはいけないのは人と人とのつながりではないだろうか

 

もっと簡単に説明すれば

壊してはいけないのは世の中のシステムではなしに人間関係だということだ

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サラリーマンの老後を考える

<老後を考える>

もうそのような歳なのか

だが今日もまた老後を考えてしまう

 

もしかしたら日本人の99%は自分の老後を毎日考えながら生きているのではないのか?

老後のために何をすればいいのか

どうする定年後の人生

老後の蓄え、老後破産したらどうしよう

失敗したら老後貧困の仲間入り

老人漂流社会、下流老人、老後難民、孤独死、放置死、老後餓死……

 

若いうちからそのようなことばかり心配しながら生きている

人生を楽しめるはずがない

今が一番楽しいのに、楽しもうともしない

充実しているはずの日常が、老後の心配で埋め尽くされる

 

人生に老後が重くのしかかる

所詮、老後などはおまけみたいなものなのに

こんなことを言ったらなんだが

自分などさっさと70歳ぐらいで死んだ方がいいと思えてくる

 

老後の蓄えは最低3000万円必要ですよ

まともに生きてきた我々にいったいどこにそんな金がある

こんなことを書いたら、俺はかろうじて3000万円持っているから

中流だ、などと勘違いし優越感を持つ輩が出てくる

 

まったくの勘違いだ、3000万円持っていたら偉いのか

人間の価値は預貯金の多さではない中身だ

しかしそんな言葉が通用しない時代になっているのかもしれない

寂しいことだ

 

だがいろいろ考えすぎると

老後などもうどうでもよくなってしまうのも事実だ

老後になれば半分惚けてしまうのかもしれない

惚けなくともフラフラになるのは事実だ

ボーと西の空ばかり見ているのかもしれない

それでもそんな毎日に何も感じなくなってしまうのかも

 

ようするに老後などあまり考えすぎてもいけないのだ

(しかしわたしは老後を考えるのが趣味みたいなものだけれど)

 

今も楽しく、老後も楽しく

それが一番幸せな人生だ

今が楽しくなくて、老後だけが楽しいはずがない

少なくとも今よりは(体力、気力、資金力の面から言っても)

楽しくなくなるのは間違いないのだから

 

会社など60歳できっちりやめてやろう

これが普通のサラリーマンの合言葉みたいになってしまっている

だが皆やめられないのだ

勇気のある人間は62歳か63歳で辞めていく

お金の心配を抱えながら

 

 

 

 

現に誰もが3000万円握りしめて老後を迎えようとする

俺は持っていない奴らより少し上流なのだと

 

だがようするに頑張るしかないのだ

今も老後も死ぬ間際まで

楽をしたいなどと思うからいけないのかもしれない

人間楽をし過ぎると余計に不調を感じる

そもそも楽な人生なんてものはあり得ないのだ

人それぞれ何か問題を抱えてしまうものなのだ

何もないというのもまた問題なのかもしれない

 

すべての病気の原因はストレスからくるといわれている

それに気力、精神力、やる気が失せたとき

人はガタッときてしまい急に老けこみ病気になる

細胞が急激に死んでしまうのだ

老化現象が起こる

ようするに人は今も、死ぬまでもずっと

やりたいことを頑張ってやって生きていくしかないのではないのか

「何がやりたいのか?」

「何が好きなのか?」

「どうなりたいのか?」

この3つを忘れないことだ

 

人は本当に好きなことはそういくつもあるわけではない

無理をしてあれもこれもやらなくてもいいのではないのか

本当に好きなことを一つだけやり続ければいいのだ

朝から晩まで毎日欠かさず

それだけで元気に生きていけるはずだ

他人がやっているから、面白そうだから、やらなければ取り残される

大金持ちは皆、ワインを収集し、クルーザーを買う

決まってそうだ

ワインとクルーザーは金持ちのステータスなのだ

ステータスに踊らされていては

本当の自分は何なのか? 本当の自分はどこに居るのか?

見失ってしまうのではないのか

それこそみじめな人生だ

 

自分をしっかり持つことだ

「自分の人生は自分で決める」

いい意味で我を強く持つこと

現代社会こそ自我を進めたい

禅でいう無我の境地は、裏を返せば非常に強力な自我のことかもしれない

 

脳力と戦う、脳力を使い切る、脳力マラソン

自分の限界に挑戦しよう

脳細胞が崩壊するまで

 

マラソンはまさに限界への挑戦そのものだ

体力、気力、忍耐力、持続力、瞬発力、精神力、等

もしかしたらそこに惹かれるのか、ライナーズハイ

登山もそうだ、死への挑戦、限界への挑戦だ

クライマーズハイ

書くことも、もしかしたら限界への挑戦なのかもしれない

『ライターズハイ』

 

限界を超えると何かが見えてくる

まさに禅の座禅と同じだ

悟りが見える、大悟する

『ザゼナーズハイ』だ

 

わたしはこのまま朝まででも書き続けられるであろう

だがわたしも明日会社がある身、もうこのへんで寝よう、夜中の一時だ

 

ゴルフも楽しい

一日中毎日でもやっていられるほど好きだ

だが金にはならない

金にならなければそれほど一生懸命にはなれない

やり続ければ僅かでも金になること

それに越したものはない

 

人はもしかしたらどこかにたどり着くために生きているのかもしれない

それはけっして死ではない

死ぬまでに辿り着かなければいけないところがあるのだ

その人にとって探していた居場所が

聖地が、聖職が、聖域が

それは人それぞれ違うのだろう

昔の人はすべてを投げ出し、命がけで巡礼の旅に出た

聖なる場所を求めて

その人たちには聖なる場所は

己の人生よりも、己の命よりも大事なところだったに違いない

そこにたどり着くことが人生だったのだ

 

今日の格言

「朝起きて夜寝るまで、そして月曜から日曜まで、出来るだけ同じようにやることだ。それが上手くいく秘訣だ」

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仕事をするということ

仕事をするということ

前に進むということだ

いろいろ考えてはいけないなのかもしれない

いろいろ考えてしまっては手が止まる、動きが止まる、思考も止まる

考えてしまっては良い結果は生まれない

と言うよりも仕事が前に進まなくなってしまう

 

まず前に進める、いろいろやる、とにかくやる、人の3倍やる

考える前にやる、仕事をするということだ

考える前にやるということが大切なのだ

それは仕事がはかどる、よく進む秘訣なのかもしれない

 

何も考えずに、余計なことを考えずに人の3倍働く

あなたはそれが出来ますか?

 

考えすぎてもしょうがない

考えすぎると心が止まる

心への血の循環が悪くなる

血の循環が悪くなれば、病気になる

心へ酸素がいかなくなる

そうなればまた病気になる

それは人体の、人の心の宿命なのだ

 

とにかく人の体も心も

血のめぐり、酸素のめぐり、新陳代謝を

浴することだけを考えていれば

体も心も健康を保てる

そんな気がします

 

人生はいろいろあるのだ

上手くいかないことも多い

上手くいかないことの方が多い

人はそんなときに何かを心の拠りどころにして生きる

出世をよりどころに生きている人種は(サラリーマンにはやたら多い人種である)

上司、特に会社のトップの評価を拠りどころにして生きながらえる

評価が途切れでもしたらまさに死活問題なのだ

トップが変わって、キャリアを終わらせる人間も多い

昨日まで肩で風を切り社内を闊歩していた人間も

トップが変わった途端、乗っていたレールの上から脱線し失脚する

サラリーマンの悲しい性だ

30年以上耐えに耐え評価だけを拠りどころに生きてきた人間が

一日にして30年間の苦労を水の泡にしてしまうのだ

それも自分を評価し続けてくれた人間が失脚したというちっぽけな理由だけで

 

たとえ運よく失脚しなくとも、運よく常務や専務まで出世したとしても

65歳間近になると、今までご苦労さんとトップの鶴の一声で退任させられる

わずかな退職金(慰労金)をもらって

とたん翌日から暇になる、あれほど鳴り響いていた携帯電話もピタッと鳴らなくなる

誰も連絡してこなくなる、ゴルフの誘いさえピタッとなくなる

おまけにこちらから電話し招集をかけても、現役時代あれ程目をかけてやり自分の子飼いだと思って目をかけてやった部下まで、なんやかんや理由を言っては出てこない

誘われて迷惑そうな声まで出す始末

 

疎外感と孤独感で胸が詰まる

振り返って俺の人生はいったい何だったのかと落ち込み暗くなる

現役時代あれ程活力と責任感に満ちていた人生が

一日にして暇ですることのない孤独な老後へと変貌してしまうのだ

おまけに一日中家に居れば嫁にまで疎んじられ、熟年離婚を切り出される始末

子供たちは知らん顔して寄り付きもしない

 

一切合切どうなってしまったのだ

今までコツコツと真面目に努力してきた人生が、退社を境に地獄へと変わってしまう

所詮会社人間など、真面目なだけが取柄で面白くもなんともない

酒を飲んでも「お前は酒に飲まれ過ぎる、酒を飲んでも人の悪口を言ってはいけない」

と上司面して説教を始め「そういうところがお前はダメで、だから出世できない」と

おれは人間が出来ているから出世出来たのだと言わんばかりに語り始める

ユーモアの欠片もない人間が出世していくのだが

酒を飲んで酔っ払って人の悪口を言って何が悪い、酔っ払って多少羽目を外して言いたいことを言うから酒を飲んでいて面白いのではないのか

おまけに俺は引退の身だから割り勘で頼むと言い出す、人間がセコイ

そんな人間が大真面目に「人格」と言う言葉を口にする

「お前はどうなのだ」と言いたい

 

おっと、わたしは今酔っ払っているわけではないのですが、わたしも出世は出来なかった身、つい力が入ってしまいました、ご勘弁を

 

まあ、他人のことなどどうでもいい、自分自身が退職後そういう境遇や心境に落ちないように気を付けるだけだ

 

何処の会社でも、退職した、元専務と元常務それに元監査役などが連れだって、地方の温泉地へゴルフ旅行とかに行くものだ

「いや~なかなか毎日忙しいものですな~、この間は、日程が合わなくて行けずごめんなさい、なにせあの日は久しぶりに娘が孫を連れて遊びに来たものですから」

「昨日など妻がフィットネスクラブへ行くというもので、送り迎えですよ」

「こちらこそ、この間は飲みに誘ってくれたのに行けなくてすいませんね、家内が久しぶりに家出夕飯を作るって言い出すもので」

飯もろくろく作ってもらっていないのか

哀れさを通り越してむしろ同情してしまう

悲しい男たちの末路だ

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黄昏の詩 3

もう誰も泣かなくていい

手を取り合って生きていければ

それだけでもう十分じゃない

胸を打つのは、一生懸命生きている姿だけだから

 

胸を打つのは金じゃない

あなたの真摯な姿

それだけがわたしの心をつかんで離さない

損だとか得だとかが、ちょっとでも顔をのぞかせたとたんに

ふたりの関係は冷めてしまうから

 

一から十まで一生懸命にやればいい

少しでも手を抜くと、ばれてしまうから

愛することは、真剣勝負でなければ続かない

ばれてしまう、誤魔化しや偽りは

 

今日も朝日は昇るけど

ふたりの愛は変わらない

優しさに包まれて

生きて行く

いつしか涙もこぼれ落ち

君の頬をつたうけど

いつかの夢も遥か彼方に消え去った

 

暖かな陽の光と、暗くて冷たい陰の部分

どうせなら暖かなお日様の光で包みたい

もう何もしないしどこへも行かない

ただ祈るだけ

オーマイゴット

「すべての人々に光をお与えください」

 

何も出来ずに、何も知らずに生きてきた

昨日はなんと無知だったのか

今日は少し学んだかもしれなくて

明日は少し偉くなる

オーマイゴット

「すべての人々に知恵と勇気をお与えください」

 

何も知らずに死んでいく

何も出来ずに死んでいく

隣の友とだけ仲良くやって

その隣の友とは知らん顔

それでいいのかわからない

誰だって幸せな気持ちにしてくれる

そんな人間が好きなのさ

その人が何を望んでいるのか

理解することだ

そうすればきっと愛してもらえる

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男にとって大事なことは

男にとって大事なことはどう生きて行けばいいのか知っていることだ

男にとって大事ことは何をして食って行くのか覚悟が出来ていることだ

男にとって大事なことはどこで生きて行けばいいのか分かっていることだ

男にとって大事なことは誰と生きて行けばいいのか理解していることだ

 

男にとって必要なことは孤独を屁とも思わない精神力だ

男にとって必要なことは死ぬことさえも怖がらない図太さだ

男にとって必要なことは無条件で許すことの出来る寛大さだ

男にとって必要なことは見返りを求めないで誰かを愛することが出来ることだ

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